text

TEXT - ±ÛÀбâ
TITLE : 倉石信乃, ”落ちる、落ちつづける”, 2016
DATE : 05/16/2016 11:02

In BOOMOON Skogar & Sansu, Flowers Gallery, London, 2016


落ちる、落ちつづける

倉石信乃


1 いまここで

 滝は急激な段差のある川にすぎない。心に余裕のある、対象との離隔を保つ知的な観察者であれば、そう考えるかもしれない。河川の侵蝕作用によって、とりわけ異なる種類の硬さ・「耐侵蝕性」を持つ岩盤が隣り合う地点に生成しやすいという条件下にある客体としての滝は、確かに川の特殊な一様態であると見なすことができるだろう【注1】。そのように考えられるなら、滝もまた川と同様に、過ぎ来しと行く末を指し示す人生の譬喩となりうるだろう。滝は、時の移ろいというとめどない命運からくる僥倖や悲劇を、いささかドラマティックな不連続性と高低差を介してではあれ、そして猛々しい爆音や激しい飛沫によってであれ、われわれに着実に伝え教えている。その時、滝は全き媒体である。

 だが、われわれが滝に集中して相対するときにはいつも、そのような時の移ろいの両端へ、つまり過去と未来へ向かう想像の鎖は、ついに断ち切られてあるだろう。滝はわれわれに観察の余裕を与えない。滝には、直面し正対する位置がいちばんよく似合う。川面を見遣るときに得られるはずの、川の水平方向の両端に向かう想像は、滝にあっては、縦方向の落下の力によってその場に留まり、ただただ再帰的に懸垂するものに姿を変える。われわれは滝に、重力を見ているのだ。滝はいつも何度でも、落ちつづけている。かくして、滝には過去も未来もなく「いまここ」しかない、そのように思わせるに足る自然だ。滝の水は、いまここにおいて落下しつづけ、われわれの耳目は否応なく引きつけられていく。同じ水路ばかりを落ちるとはかぎらないが、決まってただ落ちるという唯一の同じ運動を反復している滝というもの。たとえば、アイスランドの名高いスコーガ滝において、滝が同じ運動の中に、無数の差異を孕んで止まない事態を、ブムンは文字通り真正面から受けとめている。余分な叙述的背景の一切を切断しながら。それはミニマルな滝と言われるべきだろう。落ちて跳ね返り、流れる。ただそれだけ。そのいちばん簡明なプロセスだけが記録されている。そこには滝ならではの崇高の与件となる、高低差のもたらすスペクタクルな感興もまた、慎重に排除されていることに注意しておこう。滝以外の生命体もここにはおらず、滝自身が生命の躍動の多様を演じて止まない。

 だが写真はいうまでもなく、運動そのものを直截に表象することはできない。写真はあらゆる運動を、運動とは全く対極にある静止の様態においてただ表すだけである。写真は、運動のまさに否定的表象を提示するのであり。したがって、写真が運動を表象するときにはたとえば、静止画像を時系列で複数並列させる必要がある。それは運動の分割的提示であり、そこへ錯視的な眼の機構によって写真から映画への発明という架橋がなされた。つまり、齣から齣への飛び越しをつながりと認識する視覚の誤認がなければ、写真は映画にならなかった。運動の写真的把捉は、古くは1887年にペンシルヴェニア大学から刊行されたエドワード・マイブリッジによる写真集「動物の運動」(Animal Locomotion)に、古典的なスタンダードの一例を見ることができる【注2】。この写真集は、歩行や走行など、人間と動物の種に固有な運動の詳細を、精緻なフォトグラビュールによって印刷した11巻の集成である。全部で781件を数える運動は、それぞれ始点から終点まで、連続したコマの並列によって、明快に叙述されている。1頁に複数のコマが連続するマイブリッジのそれに比べて、ブムンの連作「スコーガ」は、継起的連続性をたどることを、あらかじめ止めている。1頁に1点を配したブムンは、全部で300余点という多数のイメージによる運動の表象を、巨大な書物の形式で頁を繰るという、あえて迂回的な挙措に預けている。要するに、頁を繰る手指が紙片の大きさによって抵抗を感じるほど、容易には開きにくい形式を採用することで、運動は、複数のイメージ連鎖が絶たれて長いインターバルを耐えることによってのみ、むしろ否定的に表象されるほかはない。その結果、運動の滑らかな表象を期待する観者の眼差しはしばしば中断を余儀なくされ、固定された各頁上の滝が「いままさに落ちつつある形」のまま、宙づりになる。ここではマイブリッジの場合とは異なり、イメージの効率的な並列によって、擬似的な運動表象へ到るための通路があらかじめ閉ざされている。そうすることで、当の運動を分割された「コマ」の連続によって提示してきた、発明以来の写真=映画の歴史的制度やコンベンションの不完全性もまた、審問に付されるのである。従前から運動の連続性を保証してきたのはいうまでもなく、静止した齣の連続を動いていると見なしてしまう、眼の錯視的性質にほかならない。ブムンの作品群が伝えるもの、それは、始点と終点を欠いたまま、差異としてある自然の暴力の予測不可能な形象的多義性であり、どこまでも自然の無軌道な舞踏の時間にほかならない。そうした時間が巨大な書物の形式において、大切な凝視の対象となっているのだ。

 運動の写真的表象には、マイブリッジ的な連続写真の継起的、並列的提示の他に、もう一つの効果的な方途があった。対象となる運動する主体が、ブレやボケのような不定形の部分によって画面に痕跡化することである。しかしこれは技術的な失敗とも踵を接しているため、そうしたアマチュアリズムとしてのスナップショットの美学が、プロフェッショナルの写真技術の中に導入されるまでは、さほど顧慮されなかった「技法」だ。それらが意図して導入されたのは、たとえば戦後アメリカのモード雑誌の興隆を牽引したアート・ディレクターで写真家のアレクセイ・ブロードヴィチによる傑作写真集『バレエ』(1945年)に垣間見られ、それがロバート・フランクのごとき私的な内発性を重んじる、先駆的な形式破壊者に引き継がれていく【注3】。さらにフランクたちの影響下にアメリカを越えて世界各地で開花した、60年代以降の主情的なストリート・フォトグラフィーにおけるスナップショットの美学によって、積極的に活用されるようになるだろう。

 ブムンの滝のイメージにある、水粒、飛沫、霧の多くは、フォーカスを逸脱して画面に不定形な領分を一挙に作り上げている。しかし、ブムンによる滝のボケの描写は、すでに伝統に登録された形式破壊的なスナップショットの美学とは、すでにほとんど関連を持たない。彼によるアウト・オヴ・フォーカスの描写は一方で、むしろフォーカスが合致しているか、少なくともそのように見える部分と拮抗している。たとえば、決まって画面の手前へと流れ寄せる波の表面のテクスチャーには、波の襞が心理的には精緻といってよいほどの繊細な厚みを伴って、われわれの眼前へと寄せ来ることが、顕著に認められるだろう。300余枚の写真を続けざまに見るほどに、垂直に落下する水と、水平に流れ寄る水とでは、フォーカシングの点で異質な領分として表れている。一つの画面において、そして多数の写真の積み重なりにおいて、フォーカスの合致/不合致をめぐる多段階で複雑な表面がこのように拡がっていくこと。このことは、ディジタル・カメラによる撮影の先端的技術を貪欲に追求していたブムンの努力によってこそ、可能になったものと言わなければならない。しかし一つの画面のうちに、フォーカシングをめぐって複雑な差異を内包し、併せ持つ場というものは、止めどない落下運動を旨とする滝という主題の特異性ゆえに組織されたものなのである。その意味では、ようやく滝の本性に、写真技術の現在が追いついたというべきであり、こうした表現は、写真技術の歴史と表現の新規開拓の交叉点に、ブムンの作品が位置していることの証しでもある。

 現在進行形で流れる滝というものの本性に忠実であること。ブムンの写真はそのことを余すところなく教えている。歴史の軛を弾機に換えて、死後の未来=復活と不死を望見するという、宗教的・神話的なドグマからの離反が、モダニズム芸術の常数であった。すなわち近代以降の芸術家が多かれ少なかれ、記憶の抹殺によるニュートラルな「いまここ」という領土と時制の無限の拡張に賭けたとするなら、ブムンの連作「スコーガ」はその掉尾を飾るものといえるかもしれない。しかし、モダニズムの絵画的領土が、作者と作品の唯一性と自己同一性を把持するならば、それと同等の強度においてブムンは、差異のある反復、わずかにずれ行きながらの反復に、滝というたった一つの主題を繋留している。ここにおいて、「多」によって支持される「一なるもの」の時間、むしろ無=時間性が充溢をむかえる。ここにおいて、行く先や終点の見定めは、限りなく繰り延べられているのだ。滝とは、未決定性の現在を乗せて自己再帰的に、無目的に、無意味に流れつづける。ここではないどこか別の場所、いまとは違う時への連想を断ち切りながら、滝は流れる。ブムンの写し取った現在進行形のミニマリスティックな滝において、観察者たる「私」は作者・作品という同一性の軛、そして鑑賞という制度に繋ぎ止められている「もう一人の主体」の同一性の軛から、解き放たれている。滝の落下は、私の自由を告知する。滝に対峙する私は自由。だからここにいて、どこへも行かない、行かなくてよい。


 

2 深き淵へ

 だがしかし、「いまここ」への再帰的な没入を受けとめるのとは違う存在仕方においても、同じ滝は流れる。滝は時として、強力な意味との紐帯をむしろ誇示して止まない。意味と象徴から逃れることができないというのではなく、積極的な象徴の場の設営に自ずから我が身を差し出すのだ。ブムンの滝は、余計な部分をそぎ落としているがゆえに、かかる象徴とも積極的に戯れうる身体を誇示しうるのであり、それは両価値的であるといえる。

 そして滝の象徴の手前には、水のそれがある。水は流れるが、流れを観じている人にとって、それをしかと受け止めれば受け止めるほど、それはただ流れることをしない。中世日本における最も傑出したエッセイストの一人、鴨長明は、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と書いた【注4】。多くの日本人が今日でもそらんじられる、水にまつわる古典的テクストの冒頭だ。代表作『方丈記』の序に掲げられたこの条りは、「よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」と続いており、長明は水の姿に時を重ねて無常を看取したのである。すなわちこの条りでは、水は的確に描出されているだけだが、まさにその描出のただなかにおいて、時の意味ある比喩形象として、ありありと観照され、また風景化されるのだ。川の水は、遡っては上代から、下っては現代の流行歌に到るまで、時間として、そして人生として流れつづけてきた。いままさに到来している水のなかに、すでに到来して消えた水の痕跡と、やがて到来するものの予兆が織り込まれてあるという、流れる水の構造は、とりわけ滝において、時の流れを鮮やかに可視化するだろう。

 ただし、「久しくとどまりたるためしなし」と長明に観じられたことには、特別ないわれがあった。彼が身をもって生きた平安末期には天災と人災が繰り返され、無常の体感は一入であったからだ。自然の猛威を前にして、なす術なく易々とものみな崩れ去り、夥しい人びとが貧富や老若にかかわらず死んでいった。実際、水の喩えに始まる『方丈記』において長明は、本章に入るとその過半を大火事、竜巻、福原への失敗した遷都、飢渇、そして大地震の描写に費やしていくのであった。

 ブムンの写したスコーガ滝、その三百を超えるカットの連なりは、常態としての水の融通無碍なたおやかさを感じさせるというより、むしろ天変地異にも、天地創造にも、黙示録的風景にも似た、禍々しくさえある暴力をも類推させる。もちろん、そこには同時に、研ぎ澄まされた清明さの極まれる「いま」がある。いずれにせよこれらの滝のイメージから、人知によっては決して馴致しえない力、善悪や好嫌、正邪の彼岸にある透明な力こそが、滝の第一の精髄であるという想いに誘われる。それはおそらく、ブムンが実際の撮影現場において、滝に固有な落下する力にまず、著しく翻弄されている状態にあり、かかる力動そのものを必死に写真に定着させようと腐心しているからにほかならない。そしてそれに奏功している。ブムンは極寒のスコーガ滝において、滝壺の手前に入り、凍てつくような飛沫を浴びながら、次々にシャッターを切っていった。撮影しているとき、写真家はまさしく渦中にあった。水との戯れというには、余りに余裕のない、抜き差しならない、動きを強いられる。全身はずぶぬれになり、何よりも手はかじかんで言うことをきかない。それらの写真には、撮影者自身の運動の痕跡が定着していると見ることができる。ただし、滝の落下点を間近にした水との真剣な格闘はもっぱら、上から三分の二の位置で画面を分割する、水平線をつねに維持することに賭けられている。つまり、静止した構図を保ちつづけたという事実が、写真家の身体的姿勢を把持する、高いテンションとして痕跡化しているのだ。しかもこれらのイメージは意図して、図解的な細部が排除されており、落ちる水のカーテンの垂直性と、画面奥から観者の方へ流れ寄す水の流れの水平性との拮抗のほか、観者の視線は散逸することがない。画面を分割して落下と流出の拮抗を出来させる目印が、水平線である。かかる水平線によって確保された、スコーガ滝の同一性のフレームにおいて豊かな差異が、展開されること。それが、この連作の全体にわたって起きている出来事である。

 描出に際してブムンが取り組んでいる滝の厳格な形式化はかえって、差異ある夥しい映像の連なりを産出し、しかも自然の力を、そして災厄の様態を様々に喚起させることになる。ついに滝は、大雨へ、鉄砲水へ、大洪水へ、海嘯へと、変態するのである。さらに、この連作がモノクロームであることは、無量の類推対象との連結可能性を開く鍵でもあるだろう。

 ブムンの滝のイメージは、様々な種類の災厄や破壊とアナロジカルに連結されうる。たとえば、長明の『方丈記』の中では、冒頭におかれた水の美しくも切ない観照よりも私はむしろ、以下に見るような、大震災の即物的な暴力の表現と呼応する何かを見てしまう。こうした傾きは、私がいまだ2011年3月11日に起こった、東日本大震災の名残の中を生き、その残響に捕縛されているからだろうか。

 

《山崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、厳割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道行く馬は足の立ち処を惑はす。都のほとりには、在々所々堂舎塔廟ひとつとして全からず、或は崩れ或は倒れぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷に異ならず。家の内にをれば忽にひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや雲にも乗らむ。恐れのなかに恐るべかりけるはただ地震なりけりとこそ覚え侍りしか。》【注5】

 

ブムンの写したスコーガ滝の写真を繰り返し見て、その持続的な強度に触れていると、さらにいっそう、原初的暴力の物語を想起させられる。ブムンの滝は、破壊の天使が先導して出現する黙示録的な光景と決して無縁ではない、という想いから逃れられない。

 

《第一の天使がラッパを吹いた。すると、血のまじった雹と火とが生じ、地上に投げ入れられた。地上の三分の一が焼け、木々の三分の一が焼け、すべての青草も焼けてしまった。

 第二の天使がラッパを吹いた。すると、火で燃えている大きな山のようなものが、海へ投げ入れられた。海の三分の一が血に変わり、

 また、被造物で海に住む生き物の三分の一は死に、船という船の三分の一が壊された。

 第三の天使がラッパを吹いた。すると松明のように燃えている大きな星が、天から落ちてきて、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。

 この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦くなって、そのために多くの人が死んだ。》【注6】

 

天使の吹奏はしばし鳴り止まない。吹きすさぶ楽の音に唱和して、この世の破滅が訪れる。その時、水と火と石と土の組成における差異が不分明になり、火に一元化される。ブムンの滝は白い炎でさえありうる。水煙は冷たい炎として舞い上がっている。滝は火。古代ギリシアの哲人ヘラクレイトスにとっての基本元素は、火、川のように流れる火、彗星のように飛びつづけて、どこに落ちるか計り知れない火であった。ジョン・バーネットは、ヘラクレイトスに擬せられた思想のあらましを次のように解説する。

 

《火は、たえず間断なく燃えている。それはつねに燃料を焼き尽くし、つねに煙を発散している。あらゆるものは、燃料として供給するために上昇しつづけるか、炎を形成してから降下しつづけるかである。その結果、全実在は流れてやまない流れのようであり、何ものもほんの一瞬も休むことはない。現に目にしている事物の本体は、無常のなかにある。事物を見ているときでさえ、構成しているいくつかの素材は、すでに或別のものに変化してしまっている一方、新しい素材が別の源からそこに流入している。》【注7】

 

プラトンはこの局面について、「ヘラクレイトスは、万物は過ぎ去って留まらない、といつであったか語っている。そして川の流れに存在を譬えて、同じ流れに君は二度も踏み入れることはできない、と言っている」と伝えた【注8】。災厄という、極限的な「流転」の位相にあって、炎に焼き尽くされることと、水の奔流に運び去られることとの間には、もはや差異はなくなる。

 『ヨハネの黙示録』においては、世界はさまざまな仕方で幾重にも、「三分の一」ずつ殲滅されていった。この災厄の劇、災厄という残酷な生と死を選別する儀式、サヴァイヴァルのゲームには、つねにとりわけ水という元素の振舞いが深く関与している。黙示録に限らず、新旧いずれの聖書においても水は、奇蹟と聖性の象徴として頻りに作動しているが、それは否定的な仕方で大破滅をもたらすマテリアルであり、トポスでもあって、それが『ヨハネの黙示録』では最も苛烈に映像化されているという次第だ。ブムンによる滝は、落下するという運動それ自体を簡明に際立たせることで、劫火と大津波の間の無=差異性をわれわれに推認させていくのである。その秘訣はおそらく、いずれのイメージにあっても一定している、水平線の在処である。その辺りは絶えず曇り、飛沫を浴びて見えにくくあり、しばしば掻き消されている。滝壺は見えないか、かなり見えにくい。そこにはヴェールが下りている。下りつづけている。滝、すなわち他ならぬ水でできたヴェールの自在な揺動を、ブムンは直視している。いや、直視しながら見えていないはずだ。撮影するブムンは飛沫と水煙でほとんど、事の次第が見えていない。滝の本性を探り当てる明視が、盲目的な次元を孕むことによってこそ、可能になるという逆説を、ブムンの撮影という行為が教えている。

 滝壺は見えない、ほとんど分からない。すなわち落下地点の不分明と神秘が、これらの写真の要諦を成している。滝の水が落ちきった辺り、滝の底、最下部、落下の反動で飛沫と水煙が立ち上る起点が重要だ。それはちょうど、老子が「神秘な牝」と名づけた、宇宙の根源のような谷底の場所にも擬せられるだろう。

 

《谷の神は決して死なない。それは神秘な牝と名づけられる。神秘な牝の入り口、そこが天と地の(動きの)根源である。それはほそぼそとつづいて、いつまでも残り、そこから(好きなだけ)汲み出しても、決して尽きはてることがない》【注9】

 

ここで言われているのは、少なくとも風景と身体のアントロポモロフな関係である。母なる「そこ」の裂開/性器の多産性は、泉における水の汲み尽くせぬ湧出によって跡づけられる。

 余りにも直截に、「世界の起源」と題したヴァギナを開示するプロヴォカティヴな裸婦像(1878年)を描いたギュスターヴ・クールベは、暗く視野の中から退きながら、その引きこもりのうちに強力に観者の眼差しを誘引しつづける、もう一つの主題・場所を幾つか描いている。すなわち水辺の洞窟である。クールベにおける風景と身体、性器と洞窟の結びつきについて、ヴェルナー・ホフマンはこう述べている。

 

《幾たびもクールベの眼が洞穴、洞窟、クレバスに惹きつけられたのは、隠されたもの、入り込めない場所の発する魅力ゆえだが、庇護される場所への憧憬ゆえでもあった。この背景にあるものは、経験についての汎エロティックな様態である。どんな経験かといえば、実際オスがメスの生物を選り分ける経験であり、しかも洞穴や洞窟での経験を女性の身体に投影する経験である。この点において、「レアリスム」は「サンボリスム」に転化するのである。というのも、「世界の起源」という画題はクールベが名づけたものではないにせよ、われわれがここに提示しようと試みている文脈から、その知覚可能な象徴的次元を見出すことは難しくはないだろうからである。》【注10】

 

 風景の裂開は確かに、エロス的なアナロジーを梃子にして、具体的に「知覚可能」なもの、描写可能な現実から象徴へ置換をもたらすことになる。そこにはいかに接近しても不分明さ、よそよそしさ、無気味さが決して解消されない一方で、つねにすでに対象に親しく触れ、交わっているという、二重性が条件としてなければならない。思えばわれわれが、古く自然の神秘と呼び慣わしているものは、かかる二重性を手っ取り早くまとめた措辞であった。ブムンもまた、近付きがたさと親和性を共に滝に託しており、その意味ではレアリスムからサンボリスムへの転化を生きている。しかしその滝は、クールベ的アナロジーの作動に見られる性的な偏奇に比して、中性化・脱=性差化したものである。

 滝は、泉という起源から無限に産出されつづける水の流れの、終点、カタストロフであるという含意を有している。そのことにより、滝は泉と対立するが、逆に、水の落下に対する反動で立ち上る飛沫と水煙、さらにはそれに乗じて滝を遡行するジャンプを成就する鯉、鮭、そして龍のごとき生物の説話論的な現前によって、滝はいわば「もう一つの泉」に生成変化するのである。重力に逆らうという、滝のもう一つの本性を、ブムンは見逃していない。そもそも古来滝はそれ自身が、生命体であり、化身、神体、依代であった。下って、高名な《遺作》【Étant donnés】において、滝と女性の身体のアントロポモルフな並置/重合を、風景化あるいは装置化したマルセル・デュシャンは、いわば「第二の泉」としての滝の「母型性」に気づいていた【注11】。ただし極めて下世話な窃視症的な観察者の現前を想定し、モダニズムを内破的に批判するという自己言及的な身振りによって。デュシャンの滝はいまなお、フィラデルフィア美術館という典型的なモダニズム芸術の容器=神殿の一隅で、照明ガス灯をかざして横たわる裸婦のいる風景の背景にあって、窃視者の有無に拠らず、密かに/公に落下しつづけている。

 滝=泉はいまや、決定的な起源や終末の一回性を意味したり、象ったりすることはできない。第二の泉である滝はまた、谷の神、神秘な牝と同様に、「つねにすでに始まっていて、ほそぼそとつづいて、いつまでも残り・・・決して尽きはてることがない」。起源は杳として知れない。いつのまにか始まり、いつまでもつづく運動を証す滝という場所はかえって、起源の神話と終末論的な神話を共に、瓦解へと導く場なのだろう。

 『ヨハネの黙示録』にも、そのような谷底、あるいは底なしの谷底、無底の凹んだ縁辺が指定されていたのではなかったか。しかしそれはむしろ、あらゆる産出可能性を隠蔽する企ての始まる場所だ。究極の災厄、語源的に災厄(disaster)とは、天空の星の配置が悪いことからくる出来事(ill-starred event)ことを言い(『オックスフォード大辞典』第2版、1989年刊)、終末の予兆・預言の典型は、落ちる星にほかならない。地上に落ちてきた星は、絶望の淵を開く。底なしの底において。

 再び天使の吹奏に聞き耳を立てよう。

 

《第五の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上に落ちて来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、

 それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。》【注12】

 

老子の描出した世界の誕生と、記者ヨハネの録した世界の終末はいずれもまず、同じ滝壺のごとき「底なしの淵」のところで、谷の深奥にある「入口」または「出口」のところで、仮初めに開かれた。ただし本当は、そのような起源と終末の決定的な「発見」は、いつも、いつまでも繰り延べられている。滝は、その「流れ落ちる」という状態を生きつづけることによって、自らがヴェールと化しながら、世界の誕生と終末を隠蔽しているのだろうか。ブムンによる滝、その自然との対話の「激しさ」が、到達しがたい起源と終末への想像的設問へと誘い出す。自然の典型としての滝の運動における、限りない反復と痕跡を掻き消していくヴェールの身振りを、救済の、慰撫の、治癒の徴候と呼ぶべきだろうか。自然には、記銘を許さない無限の重ね描きだけがある。落ちる滝のように、寄せる波のように。記憶喪失者としての自然の身振り。繰り返し繰り返し、すべてを産みだし育む「自然」、すべてを破壊し灰燼に帰す「自然」の象徴として、いやそうではなく自然のマテリアルとして、滝は「やさしい」か。いったい、「やさしさの災厄」などというものがありうるのだろうか【注13】。すべてを掻き消しながら、水の身体を露わに曝しながら、滝のヴェールの揺動と轟音はつづく。決して止まない。

 


Notes

 

1  滝の生成については特に以下を参照。Brian J. Hudson, Waterfall: Nature and Culture(London: Reaktion Books, 2012), 17-47.【邦訳:ブライアン・J・ハドソン『図説 滝と人間の歴史』鎌田浩毅訳,        åŽŸæ›¸æˆ¿ã€2013年、17-47頁】

2     ä»¥ä¸‹ã‚’参照。Eadweard Muybridge, Muybridge’s Complete Human and Animal Locomotion: All 781 Plates from the 1887 Animal Locomotion(3 Vols)(New York: Dover Publications, 1979).

3  ä»¥ä¸‹ã‚’参照。Sarah Greenough, "Fragments that Make a Whole Meaning in Photographic Sequences," Sara Greenough and Phillip Brookman(eds.), Robert Frank: Moving Out(Washington, D.C.:         
        National Gallery of Art, 1995), 100-101.【邦訳:サラ・グリーノウ「全体を構成する断片—写真のシークエンスの意味するもの」木下哲夫訳、ワシントン・ナショナル・ギャラリー編・発行『ロバー
      ト・フランク:ムーヴング・アウト』
1995年、100-101頁。】

4  鴨長明「方丈記」神田秀夫校注・訳、『新編日本古典文学全集44 方丈記 徒然草 正法眼蔵随聞記』小学館、1995年、15頁。つづく引用も同じ。

5  åŒæ›¸ã€24-25頁。

6  ã€Œãƒ¨ãƒãƒã®é»™ç¤ºéŒ²ã€ç¬¬8ç« 7-12節、『和英対照聖書 和文/新共同訳・英文/Today’s English Version』日本聖書協会、2002年。

7  John Burnet, Early Greek Philosophy, 4th Edition(London: Adam & Charles Black, 1958), 145-146.【邦訳:ジョン・バーネット『新装版 初期ギリシア哲学』西川亮訳、以文社、224頁】

8  åŒæ›¸ã€225頁から再引用。

9  ã€Œè€å­ã€å°å·ç’°æ¨¹è¨³ã€å°å·ç’°æ¨¹è²¬ä»»ç·¨é›†ã€Žè€å­ã€€è˜å­ã€ä¸­å¤®å…¬è«–社、1978年、76頁。

10 以下から再引用。Michael Fried, Courbet's Realism(Chicago and London: The University of Chicago Press, 1990), 210-212.
      ちなみにマイケル・フリードは、いささか性急かつ単純にクールベの絵画と象徴との結びつきに固執するホフマンの議論に異を唱えつつ、クールベの描いた洞窟の連作「ルー川の源」など、大き
      な「ブラインド・スポット」が画面の大きな部分を占有することが、絵画から見世物性を取り去り、画家
=鑑賞者が身体的に絵画へ没入させるために欠かせないと見なしている。フリードによれば、
      そうした「可視性の蝕
=遮蔽」を備えたクールベの絵画が、「画家=鑑賞者と絵画との間における擬似=身体的な融合を達成することを目標に据えた企図の所産、おそらく副産物として主題化されて
      いる」という。この「擬似
=身体的な融合」は、ブムンの「スコーガ」連作だけでなく、過去の連作「Naksan」「On the Cloud」などにも該当する。以下を参照。Ibid, 217-218, and Shino Kuraishi,
       "Snow, Sea, Light," in Boomoon, Naksan(Portland: Nazraeli Press, 2010), n.p.

11 デュシャンの《Etant donnés: 1 la chute d'eau / 2 le gaz d'éclairage》(1966年、ミクストメディア、フィラデルフィア美術館蔵)の基本事項については、以下を参照。Arturo Schwarz, The Complete Works of Marcel Duchamp, Third Revised and Expanded Edition, Vol.2(New York: Delano Greenidge Editions, 1997), 865-866.

12  ã€Œãƒ¨ãƒãƒã®é»™ç¤ºéŒ²ã€ç¬¬8ç« 13節、『和英対照聖書 和文/新共同訳・英文/Today’s English Version』日本聖書協会、2002年。

13 シモーヌ・ヴェイユによる「だが、私の眼からすれば、やさしさの中にしか偉大さはない」という言葉を引いた後、モーリス・ブランショはこう書いている。
      「私はむしろ言いたい
—やさしさによらずしてはいかなる極端もないと。やさしさの過剰による狂気、やさしい狂気。思考すること、自らを消すこと—やさしさの災厄」。以下を参照。
        Maurice Blanchot, The Writing of the Disaster, translated by Ann Smock(Lincoln and London: University of Nebraska Press, 1995), 6-7.【邦訳:モーリス・ブランショ「回帰と忘却の思考—le pas de
        désastre
」豊崎光一訳、『ユリイカ』1985年4月号、47頁】


  list